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2021.08.08

脱出Ⅱ

私が夏やすみらしい夏やすみを持ったのは、大学生になってからである。それまでの夏やすみの記憶はどこか遠く、霞がかかったようにぼやけている。たぶん、時間や宿題、学校でのことなど、夏の間絶えず私がなにかに追いかけられていたせいだろう。

はじめて、何にも追いかけられることのない、純粋な夏休みを手にした私はここぞとばかりに旅へ出かけた。なんとかして現実から脱出しようという、いかにも大学生になったばかりの人間が考えそうな動機からだった。

しかし、脱出することは、私が想像していたよりもずっと困難なことだった。

まず、脱出するべき場所を、じぶんがどこから脱出せねばならないのかを探すところからはじめなければならないことを、私は知らなかった。そして、脱出したならば、じぶんがつぎに向かうべき場所を考えなければならなかったのである。

なんと困難なことだろう。しかし、それはなんと私をわくわくさせたことだろう。私はわくわくするものを信じたかったのだ。

なんにも持たないところからはじまる夏やすみは、私をとおいところにつれて行ってくれた。

じぶんの部屋を出て行く瞬間が、玄関の匂いが、あの日から胸の中に用意されていて、私はいつも、そこからなにかをはじめているような気がする。

なんにも持っていない状態に、私はいま猛烈にもどりたい。私がとおくまで行ける場所にもどりたい。それに、そうしてよいのだ、少なくともそう願ってよいのだといまの私は思うのだ。

あの頃のじぶんが待ち望んだいまを生きること。これが、正解のない世界の中で私が私に用意した、ひとつの正解である。

 

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角がすき!

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キラキラも好き!

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上からの眺め

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路地にすいこまれる夏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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