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2021.06.08

宇宙人の友だち

まだ5月が6月をおいかけてきているような気がする。梅雨なのに雨が降らない日がつづいている。ちょっとくらい雨がふってくれた方が、野菜たちにとっては都合が良いのに。

先週、友人からとつぜん大きめの封筒が届いて、なんだろうとおもったら、きんつばと、「口琴」という小さな楽器がはいっていた(手紙もはいっていた)。

わたしは、楽器というものとじぶんがうまくなじめないとずっと思ってきた。すごく音痴だし、たぶん息の吐き方とかも普段からちょっとおかしい。じぶんの身体を、じぶんの思うように動かせないという、何に対してなのか、そういう負い目みたいなものがあるということも関係しているかもしれない。

でも、音が鳴るものは好きで、むかしはよく草笛などにも挑戦した(が、少しでも音が鳴ったことはたぶん一回もないと思う。口笛もほとんど毎日吹いているのだが、いまだに十日にいっぺんぐらいしか音が出ない)。ギターも持っているし(これはじぶんと家族、親しい友人たちに聴かせたことがある)、小学生のころにはピアノもやっていた(これはとりわけひどく、高学年になってもバイエルを卒業できないうえに、発表会では極度の緊張のせいでほとんど弾くことができなかった)。

そんなわたしのところにかわいいかわいい口琴がやって来た。手づくりの説明書つきだ。説明書をじっくり読んで、そのとおりにやってみる。まったく音が出ない。唇をあてる部分がまちがっているみたいだ。もう一度やってみると、びよーん、と奇妙すぎる音が出た。まるで宇宙人がしゃべり出したみたいだ(これはじっさいに鳴らしてみると、わかっていただけると思う)。何度かやっているうちに、すこしずつ音のバリエーションがふえてきた。わたしはあたらしい言語を発明しかけていた。もうすこしで、宇宙人と友達になれるかもしれない。

音は相変わらずよくわからない未知の記号だが、それはわたしを自由にする。音が鳴ると、知らない道を見つけたときとおんなじ気持ちになる。そんなとき、わたしの中に自由が迷いこんでくる。一瞬、自由がわたしの中で迷っているのか、わたしが自由の中で迷っているのかわからなくなる。そんなとき道は、歩くためでも、迷うためでもなく、ただそこにある。

さみしくなると鳴らしたくなる、友だちみたいな音を、口琴という楽器はもっている。

 

 

 

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口琴(友人が作成した説明書による):「振動弁をふるわせて その振動を 口の中、のど、お腹、鼻にひびかせて音を出す。わりと世界の色んな国に見られて、色んな形、素材があります」

わたしがもらったのはたぶん東南アジアのどこかの国に由来するものだろうか?

 

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楽器は渦巻きを逆回転にする。わたしはつい楽器に話しかけてしまう。わたしも楽器になりたいとぼんやりおもう。 

 

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おんなじ株から、毎年色のちがう花が咲く。

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憧れの黒字金つば

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藻をながめるといい気持ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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