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2021年5月

2021.05.27

はじめにやったようなやりかたで

きょう、帰る途中に、海に寄った。日もながくなってそこらじゅうぴかぴかしていたし、海に行ったらもっともっとぴかぴかが見られると思ったから。でも、いつものわたしの特等席にはあろうことかふたりのポリスがいて、わたしは海岸に立ち入ることはおろか、海を見ることさえもできなかったのだ。かなしかった。

そんな気分で部屋に帰ってきて、これを書こうと思い立った。これを書いていると、じぶん宛ての手紙を書いているような気分になるし、鉛筆でぐちゃぐちゃととりとめもない線を引いているような気分になる。それはとてもたのしいことだ。最悪の状況の中にも、たのしいことはあるものだ。わたしはじぶんに言いきかせた。

 

話は変わるけれど、わたしは、なにかを捨てるということが苦手だ。たぶんそれは、わたし自身のこわがりとかちょっとおかしなこだわりとかに関係しているのだとおもうのだけれど、それにしても、ちょっとびっくりするくらい捨てられない。いちどなにかを拾ってしまったら、魂ごとくっついてしまったと言わんばかりの執着をみせてしまう。当然、気がつく頃にはいろんなものが増えている。大量の本。紙。ペン。服。食器。

雨の季節になると、それが重たくてたまらなくなるのだ(じぶんのせいである)。

 

一度すべてを捨てて(あるいは捨てられるものを捨てて)、なんにもない砂漠から、大好きな荒野から、考えてみなければならない、はじめてみなければならないときが来ているのかもしれない。たとえそれが、素人思考だとしても。なにかあるたびに、毎日、その荒野から歩き出す。いま、そうすることぐらいしかあらゆる方法が思いつかない。

でも、もしかしたら、じぶんの足で歩くとは、こういうことを言うのかもしれない、ともおもう。

このブログだって、ひとつのささやかな思いつきが、ぐちゃぐちゃに引いた線の中から浮かび上がるものが、ふいに水面に浮かんできらめく魚のうろこが、それを見るわたしの目があってはじまる。それがすべてのはじまりなのだ。一瞬のはじまり、次なる言葉のはじまり。その絶え間ない予感が、わたしを動かしているような気がする。

もういちどはじめたい。

はじめにやったようなやりかたで。

ごちゃごちゃしていて、ちょっと頭でっかちで、でも軽くて澄んだあのやりかたで。

 

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離れれば離れるほど近づくということがあるのだ

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ほんものはもっとビビッド。

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またお会いしましょう

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