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2020年9月 3日 (木)

たったひとつの羅針盤

夜、これを書いていたらいつの間にか朝になっていた。昨日の恐怖と暴風雨はどこ?

 

きのう、バイトを辞めた帰り道、県立美術館に寄った。ならんだ野見山曉治の絵を、だれもいないギャラリーでみた。とおり過ぎるのではなく、立ちどまってみているとみえてくるものがある(あたしは、立ちどまりすぎ!)。いま、目のまえにあるものと向きあう。目のまえの一枚の絵と向かいあう。わたしにはそれしかできない。

 

ひとりのもの、ひとつのもの、その奥にあるほんとうのかたち、みえないところにいるそのひと。絵をみてわたしはなにかのはじまりを、いまいる場所からまたみいだそうと目をひらきなおした。そうしたら、すすけてくらい場所に満ちてくる光があんなにもうつくしいことをじぶんの感覚で知った。

 

そう!じぶんの感覚で知ったということをじぶんでわかったのだ。みつけようともおもわずにみつけたじぶんの声。その声で話すことの大切さ。いつでも、行為や言葉は、じぶん自身から発されなければならないのだと、おもいだしたみたいに気づく。そのために、あらゆるものをみようとしなければならないのだろう。ものごとがもつありふれた側面ではなく、それそのものをみつめる愛をもって。

 

それがいつか、じぶんの居場所を、そしてだれかの居場所をつくるのだと信じている。

 

台風明けでやたら風がつよいきょうも、そのほんの一瞬いきよく跳ねる心があればあるいていける。そのいきいきとした感覚は、借りものではない、たったひとつのほんとうの羅針盤だ。

 

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ひさしぶりにくまだいを散歩した

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ベンチから草がはえてるってほんと?

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草花はひとあしはやく衣替え(一句)

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ぶふげんよこのイチョウ並木。

金色にそまるころにまた来たい。かいちょ

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