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2019年12月

2019年12月31日 (火)

パンチ

さっきようやく卒論を提出したのでこうしてこれを書いている。卒論の締切はとっくに過ぎていた。100パーセントの仕事をしようとすることと、期限を守ること、どちらも同時に満たすことはそう簡単にできることではない。けれど!つぎはがんばりたい。そういう気持ちでいる。

気がついたら大晦日で心はもうパタパタで、もうすぐ除夜の鐘が鳴りそうで、でも気持ちはいつもどおりでなんだか不思議だね。スーパーにいったらおばさんがしめなわを買っていた。小さな男の子二人が買い物カゴで遊んでいた。わたしはそれをぼんやりみていた。そんなわたしを誰かが見ていた。そんな感じで年末はあるのかないのかさえもわからないほどあっというまに過ぎる。そういえばきのう、ザ・クロマニヨンズのライブをみてきた。かっこよかったなーーーー。パンチをくらった気分だぜ。燃えている。さて本日はっ今年最後の日。かっこよく締めたい。かっこよく、ね。

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誰かがわすれて帰ったミカン

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2019年12月18日 (水)

落ちこぼれ

「落ちこぼれ」 /茨木のり子

 

落ちこぼれ

和菓子の名につけたいようなやさしさ

落ちこぼれ

いまは自嘲や出来そこないの謂

落ちこぼれないための

ばかばかしくも切ない修業

落ちこぼれにこそ

魅力も風合いも薫るのに

落ちこぼれの実

いっぱい包容できるのが豊かな大地

それならお前が落ちこぼれろ

はい 女としてはとっくに落ちこぼれ

落ちこぼれずに旨げに成って

むざむざ食われてなるものか

落ちこぼれ

結果ではなく

落ちこぼれ

華々しい意志であれ

 

きのう、茨木のり子という詩人の『落ちこぼれ』という詩集を数か月ぶりにたまたま図書館で見つけて、ふっと内臓を突かれた。なんとなく妙に、今のわたしにはしっくりくる詩集だ。師走の謎の焦燥に駆られてぽとぽと大切なものを落としかけ、心ここにあらずの仕事ばかりしていたわたしを、わかりやすく、それでいてきびしくやさしい言葉と深い行間がつつんでゆく。あるところでどんなにダメでも、その人しか持たないものが誰にでもたしかにあるのだと、それさえあればいくらダメと言われてもよいのだと自ら思える、誰かに思ってもらえることがどういうことなのか、こっぱずかしくも落ちこぼれなりに考えては翼を取り出し、羽根の一枚一枚についた汚れを丁寧にふきとったりする。ねずみも熊も冬ごもり中。わたしは何をしようかな。

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健軍の街はクリスマス!かいちょ

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2019年12月17日 (火)

マフラーの巻き方

マフラーの巻き方をひとつも知らないので、私が適当につけたマフラーは、すぐにほどけ散ってしまう。いつもあらぬ方向ばかり見て歩いている私は、そのマフラーに引っかかる。そしてころぶ。この悲劇は毎日のように繰り返され、ついに私はずっとむかしに覚えた結び方で、マフラーをきつく結ぶことにした。冬にころぶと痛いし。何より、マフラーが落ちることに心が疼く。それを拾う自分の仕草にもいちいち泣きそうになってしまう。人がものを拾う仕草はスローでやさしくてかわいくて、少し苦手なのだ。仕草ひとつでその人が浮き彫りになってしまうことだってある。だから石になりたいと思う。だけど揺れる街路樹を見ていると、やはり動くものの美しさを思わずにはいられない。そんな感じで、土曜のアーケードを歩く。街は鮎が放流された直後のような賑わいで、私も放流された一匹の鮎としてひいひい言いながらもなんとか上流(上通)までたどり着く。そこまで着くと安心してしまって、今度は城下町を歩く人々(清正の支配下にある)を見てフフフとほくそ笑んだりするのである。気持ちが落ち着くとまた、街のはずれに落ちる日や、古本の背丈などを、とんでもなくいとおしいものとして歩きはじめるのだが、それは交互に繰り返され、私を歩かせる。そういうわけで、私は今日も歩いてしまうのだった。

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大柄な白菜とその子どもたち

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2019年12月12日 (木)

くもり

きのうはくもり、きょうは快晴。くもりの動物園につかのま日が差すと、ヒクイドリの茶色い瞳が光に透ける。冬、くもりの動物園に、キリンがいる不思議。ライオンは檻の中で吠える。それが、つんと澄んだ空気をびりびり破ってゆく。どうぶつビスケットを貪る幼女や、ヒョウ柄のスカジャンを着たおにいさんを横目に閑散とした園内を抜け、植物園に入る。花らしき花は見当たらず、冬でも葉を枯らさない木たちがちいさな鳥たちをかくまっている。ビールの空き缶を(ゴミ箱に)捨て、ミカンを数個もぎとって温室に入る。草花のモチーフ。どんなに心がささくれている時も、木の幹のみずみずしさや花びらのなかの色、葉っぱの形を思い浮かべればじんわりと、色が浮かんでくる。やさしい原色。空はねずみいろ。

きょうは快晴、快晴も午後。アフガニスタンの荒野、英雄の微笑み。鋭くやさしい瞳は、咲きこぼれる椿と私の瞼にこびりつく。

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勢いのあるいきもの

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2019年12月10日 (火)

短歌シリーズ②

昼下がり冷えたフェンスに手をかけて星のすべてを思い浮かべる


コーヒーのカップを持てる指先に散る花びらと燃え立つ炎


自販機のボタンを押せばひらひらとモンキチョウたち天より降りぬ


紺色のコートを着込む夜の前ふと立ち尽くすわたしとあなた


午後十時蛍光灯の膜越しに祈る風景過去になりゆく


 

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2019年12月 1日 (日)

No title

あのひとがいなくなってしまった べつに

とくべつなファンだったというわけではない

でもわたしはきのう 彼女たちが踊っている映像をみて

わんわん泣いてしまった。

あのひとに 何があったのかはわからないけれど

とてもかがやいていたのだ

笑顔がかわいくて

心がやさしかった

心のやさしさは たとえそれがどんなに偏っていようとも

むずかしいものではない

それをむずかしいものにして

政治やなんやとさわぎ立てる

それは そんなところから

やってくるものではない

ながいあいだ

たゆたい くゆり

花がひらくように

あらわれたもの

わたしは思う

そのやさしさが

それだけでつよくやわらかく

凛と立つやさしさが

つくりあげられた武装と理論を

突き破る日がくると

すこし時間がかかるかもしれない

語らないものは

それだけ時間を要する

人の時間は

とてもこんがらがっているから

とおりすぎたものも

いずれはかえってくる

その時あらわれる一瞬の切れ間から

あのひとの目が光るだろう

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